河相我聞のラーメン店閉店の理由がヤバイ!干された原因と関係が?

河相我聞料理上手で知られる河相我聞さん。以前に開店したラーメン店が、わずか2年で閉店となりました。その理由がものすごく“ヤバイ”んです!

河相我聞さんが芸能界を干された理由と関係があるとの噂が…。一体どんな理由だったのか?事の真相を要チェック!

河相我聞さんの公式サイト「お父さんの日記」の2017年6月25日の記事で「家族全員フリーター」と書いた事が、LINEニュースになるほど大きく話題になった河相我聞さん。

ちなみに、息子さんも俳優として活躍していたんですよ!

→河相我聞の息子は俳優だった!名前や画像、今後の活動は?

その結果、河相我聞さんに仕事のオファーが殺到し、マネージャーさんもてんてこ舞いになっているようです。

何やらこれから河相我聞さんにいい波が来そうな予感ですね!

そんな河相我聞さんは、1991年にドラマ「天までとどけ」でデビューし、そこから大ブレイクを果たします。

しかし、最近テレビで河相我聞さんを見る機会が少ないせいもあってか世間では“干されている”とも言われています。

なぜ河相我聞さんはテレビの仕事が減ってしまっていたのでしょうか?

原因を探っていく中で、その理由が河相我聞さんがオープンしたラーメン屋が深く関係しているという情報をチャッチ!

これは一体どういったことなのか?真相に迫ります!

河相我聞がラーメン店を閉店していた!

河相我聞さんが2005年4月8日にラーメン店をオープンさせたことは、結構知っている人も多いのではないでしょうか?

河相我聞

しかし、このラーメン店が諸事情あって、閉店してしまったことまでは知らなかった、という声が多いんです。

もう既に“幻の味”になってしまった河相我聞さんのラーメン。本題に入る前に簡単に、どんなお店でどんな評判だったのかを見てみましょう。

ラーメン店の味や評判は?

実際にラーメン我聞を食べた人たちはどんな感想だったのでしょう。

https://twitter.com/SNOOP_MiKiCO/status/876424556424028160

他には、

  • あっさり塩ラーメンが美味しかった。トッピングの半熟卵も塩が中まで染み込んでいて感動した。
  • 味はかなり美味いと思った。

など、芸能人の名前だけのなんちゃってラーメンじゃなく河相我聞さんのラーメン店の評判は良かったことがうかがえますね。

更に芸能関係者までもが、評判が良かったことを語っています。

”「味自体はよかったと聞いている。支店も出して、お客さんも入っていたようだ(芸能プロ関係者)」出来てもすぐ潰れる芸能人の飲食店が多い中、あそこまで成功したのは美味しかったんだろう。”
引用元:【河相我聞に「ラーメンを語るな!」シャンプーハット・てつじが激怒(日刊大衆)】

どうやら、味が原因で閉店したわけでは無さそうですね。

さて、なかなかの人気ぶりのようでしたが、お店の詳細をもう少し見ていきましょう。

ラーメン店の名前や場所は?

人気があった河相我聞さんのラーメン店ですが、実はかなりの店舗数を展開していたんです。

まず、お店の名前はズバリ、「ラーメン我聞」。なんだかかっこいいですね。

河相我聞

余談ですが、河相我聞さんって下の名前がかなり珍しいですよね。由来はどうやら父親に関係があるようです。

”父親が浄土真宗に信仰深いひとで、名前の由来は「如是我聞(にょぜがもん)」から来ている。”
引用元:【マスコミが報じない!創価学会ではない芸能人・著名人(アンチ創価)(NAVERまとめ)】

「如是我聞」とは、仏教の経典の冒頭に書かれている言葉で、意味は「かくのごとく、我聞けり」。もう少し分かりやすく言うと「このように、私は聞きました」という意味だそうです。

さて、そんな神妙でかっこいい名前を冠した店舗は、日本各地に最大で7店舗まで展開されました。

各店舗がどこにあったかについては下記の通り。

【東京都】

  • 立川店
    立川市立川駅南口「ラーメンスクエア」内
  • 北池袋店
    豊島区池袋本町2-7-5 パウ北池袋 1F(1年限定)

【千葉県】

  • 千葉四街道店
    四街道市南波佐間328-1(パチンコBOSS)
  • 長沼店
    千葉市稲毛区長沼原町694(パラタ内1F)

【愛知県】

  • 栄町店
    名古屋市中区 錦 3-24-4 サンシャイン栄2F

【兵庫県】

  • 明石店
    兵庫県明石市大久保町ゆりの木通り1丁目3-2明石ラーメン波止場内

【香川県】

  • 高松店
    マリタイムプラザ高松3階(たかまつラーメンポート)

最初に出店されたのは、東京都立川市の立川店で、オープンしたのは2005年4月8日でした。

こちらが、立川店のラーメンスクエアでの、河相我聞さんの姿です。

河相我聞

『ラーメン我聞』のメニューの一部は下記のとおりです。

【正味ラーメン650円】

河相我聞

【辛とんこつラーメン680円】

河相我聞

【エビとんこつラーメン750円】

河相我聞

全般的に意外とリーズナブルな値段設定になっていますね。

ちなみに、新潟に「ラーメン亭我聞」というお店があったのですが、それも河相我聞さんの出した店舗だと思っていた人が多いのですが、実は違いました。

”「ラーメン亭我聞」はだるまやグループ。”
引用元:【新潟のラーメン店「だるまや」「ちゃーしゅうや武蔵」「吉相」がブラック企業になった(にいがた青年ユニオン・新潟労働組合)】

という事で、新潟の「ラーメン亭我聞」は、河相我聞さんとは全く関係がありません。

ちなみに、新潟の「ラーメン亭我聞」は既に閉店しています。

河相我聞

話は戻り、最大で7店舗まで拡大するほど人気の味となった「ラーメン我聞」。閉店したことでもう二度と食べることができないと残念に思っていたのですが…

なんと、河相我聞さんが自らテレビ番組で、ラーメンのレシピを公開していたのです!

河相我聞がラーメンのレシピを公開!

元々、料理が好きで得意な河相我聞さんでしたが、1996年頃からバラエティ番組に出演することが多くなり、そこで料理好きとして知られるようになりました。

嫁さんが羨ましい!と思っていたら離婚していたんですね…。

→河相我聞はバツ2だった!離婚した嫁・元女優とは一体誰?

最近でも「有吉ゼミ」などで、料理の腕前を披露しています。そんな河相我聞さんが、「ラーメン我聞」の看板メニューでもあった「エビ塩ラーメン」のレシピを2006年7月5日放送の「愛のエプロンスペシャル」の中で公開していました。

その時公開された材料と作り方がこちらです。

エビ塩ラーメンのレシピ

【材料】
・桜海老
・ニンニク
・ショウガ
・煮干し
・ラード
・塩
・ウェイパー
・豚肉
・白髪ネギ
・万能ネギ
・ネギ油

【作り方】
①.煮干しと桜えびを粉末にする。
②.ラードでにんにくとしょうがを炒める。
③.①・②・塩・ウェイパァー・湯でスープを作る。
④.チャーシューに塩・こしょうで下味をつけてフライパンで表面を焼いてからオーブンで焼く。
⑤.麺をゆでて、水で洗ってぬめりを取る。
⑥.麺をお湯にさっとつけて温める。
⑦.麺の湯を切り、スープの入った丼に入れる。
⑧.白髪ネギ・桜エビをのせ、ラードで炒めたネギ油をかける。
⑨.チャーシューをのせる。

聞いているだけで、桜えびと煮干しの香りが漂って来る美味しそうなラーメンですよね!

上に乗せるチャーシューもオーブンで焼くという手間のかけようが料理好きの河相我聞さんならではといったところでしょうか。

そして出来上がったものがこちらです!

河相我聞

大きなチャーシューとたっぷりのネギが食欲をそそります。

この「エビ塩ラーメン」はお店では730円と、手間がかかっているのに、かなりリーズナブルな価格で提供されていました。

こんな、人気を博した「ラーメン我聞」ですが、2005年に最初にオープンした立川店をはじめ、全7店舗は2007年3月末をもって、閉店となりました。

そして、この閉店と河相我聞さんが“干された”ことに、何か関係があったようなんです!

いよいよ、真相に迫っていきます。

河相我聞が干された理由はラーメン店と関係が?

「ラーメン我聞」は人気がありましたが、そもそも経営状態はどうだったのでしょうか。

河相我聞さんの知名度と味も良かったことで一瞬のにぎわいを見せただけで、実は経営が上手く行かずに閉店してしまったのでしょうか。

実は『ラーメン我聞』は、わずか2年で7店舗の総売上が3億8398万2914円!!

飲食業の中でも1番と言っていいほど、利益率が高いのがラーメン屋と言われている中、これだけの売上が上がっていれば、よっぽど店の内装に金を掛けすぎたや、製麺所まで作ったなんてことがない限り赤字は無いでしょう。

閉店の理由が経営不振でないとしたら、一体なぜ『ラーメン我聞』は2年で閉店になったのでしょうか。

そもそも、河相我聞さんがどうしてラーメン店を始めたのでしょう?そこにはある人物がいました。

ラーメン屋の共同経営者S氏とは誰?

河相我聞さんは、ある日突然ラーメン店をやりたい!と言って始めた訳ではありません。話しを持ちかけて来た人物がいたのです。

その人物というのが須藤健之さんだと週刊誌などで報じられています。

須藤健之 須藤健之

”ラーメンプロデューサーとして、業界内で名の知れた須藤健之さん“
引用元:河相我聞 ラーメン店展開で権利トラブル!?【(日刊サイゾー)】

他にもフードプロデューサーなど、食にまつわる経営コンサルタントといった感じですね。

この須藤健之さんと河相我聞さんの出会いこそが、後の大きなトラブルの火種になることを、その時はまだ誰も予想していませんでした…。

事務所との契約トラブルの詳細

2007年3月に閉店した「ラーメン我聞」ですが、その本当の理由が週刊誌に掲載されていました。

”「ラーメン我聞は、所属事務所とのトラブルが理由で、2年で閉めてしまった“
引用元:【河相我聞に「ラーメンを語るな!」シャンプーハット・てつじが激怒(日刊大衆)

なんと閉店の理由は、河相我聞さんが当時所属していた株式会社365(さんろくご)とのトラブルが原因だったのです。

このトラブルは、最終的に須藤健之さんと関連する会社2社を相手に、裁判沙汰になる問題に発展しました。

では、なぜ河相我聞さんがラーメン店を出店したことが、こんな大問題になったのでしょうか。

それは、芸能人特有の❝パブリシティー権❞にまつわることでした。

「パブリシティ権」とは?

芸能人やスポーツ選手のような、いわゆる有名人に関して、有名人の名前や顔を、商品名やパッケージデザイン、商品のCMなど宣伝に使うことで、商品の売り上げが伸びたり、集客力が上がるというのは、想像がつきますよね。

ただ、芸能人は「パブリシティ権」を、芸能事務所と契約する際に、その管理・権利を託します。
芸能人は事務所のプロデュース(お金を掛けて)売り出す訳ですから、先行投資しているということなので、当然事務所が主張してくる部分ですね。

なので、事務所の許可なく、芸能人の名前、画像、映像などを使って商品を販売すると、事務所側から「パブリシティ権の侵害」として、訴えられることになりかねません。

この「パブリシティ権の侵害」こそが、「ラーメン我聞」が閉店した理由であり、河相我聞さんが“干された”と言われた原因になるのです。

では、なぜこれが「ラーメン我聞」の閉店や、河相我聞さんが“干された”という話しになるのでしょう。

時系列に沿って簡単に、ご紹介します。

  • 須藤健之さんがラーメン店の話しを持ちかけた時、株式会社アップ・デイトが、河相我聞さんの「パブリシティ権」を持っていた。
  • 須藤健之さんは株式会社アップ・デイトの許可なく、河相我聞さんと「ラーメン我聞」を立ち上げた。
  • 須藤健之さんは、「ラーメン我聞」で3億円以上の売り上げがあったにも関わらず、その利益に見合う報酬(ロイヤリティ)を、株式会社アップ・デイトに払わなかった。
  • 後に河相我聞さんが移籍した、株式会社365が、河相我聞さんの「パブリシティ権の侵害」に対して、須藤健之さんと、関係する2社相手に損害賠償請求裁判を起こす。
  • しかし、実際には河相我聞さんも積極的に経営に関与していたため、「パブリシティ権の侵害」に当たらないとして、「棄却」となった。
  • その後、株式会社365は河相我聞さんに対して、一部の噂では5千万円などと言われる、多額の損害賠償金を払うよう命じた。
  • 2007年に「ラーメン我聞」を閉店してからも、株式会社365とはかなり揉めた。その後、現在所属している、株式会社ウィーズカンパニーへ移籍し、現在もそこで活動を継続。
  • しかし、2007年頃を境にこの一連の騒動が原因で、河相我聞さんは“干された”という話しになった。

ここまでが、「ラーメン我聞」開店から、閉店、そして現在までの流れです。
河相我聞さんも、こんな大問題になるなんて全く思っていなかったことを、こう書いています。

“(事務所が)「ラーメン屋をやる事は許可したが、ラーメン屋の名前を河相我聞の名前にして、写真を使う事は許可してないから使用料◯千万円よこさなければ訴える」と、言われた。

そういう事はお店が繁盛する前に言って欲しかった。どんな計算したら◯千万になるんだ?ラーメンをやる事にノリノリだったのは社長だったじゃないか。”
引用元:【続き(お父さんの日記)】

一部の情報では、その金額が5千万円に登るなどという噂も上がってきています。

“(株式会社365の社長とは)二人ともボロボロになるまでやり合った。話し合いは一年間ほど平行線だった。”
引用元:【続き(お父さんの日記)】

しかし、険悪なまま別れた訳ではなさそうで、2014年の自身のブログで、更にその後のことが記されていました。

“今でもたまにその元社長とお茶をすると「俺が折れてやったんだよ」と始まり、「いやいや、私(河相我聞さん)も結構大変だったんですから」と、再び笑いながら二時間ほどする、腐れ縁みたいな関係。”
引用元:【続き(お父さんの日記)】

前の事務所の元社長と交流がある、という部分と元社長が折れてくれた、という記述から分かるように、話し合いを重ねて和解し、河相我聞さんが多額の損害賠償金を払った様子はない、と考えていいでしょう。

河相我聞が個人事務所を立ち上げる

河相我聞さんは、株式会社ウィーズカンパニーに、約10年ほど前、つまり「ラーメン我聞」を閉めた2007年辺りから所属しています。

そして、それとほぼ同じ頃の2008年に、河相我聞さんは、株式会社我聞という個人事務所を設立しました。現在所属しているタレントは河相我聞さんを含めて、5名。

しかし、河相我聞さんは、ウィーズカンパニーにも所属しており、過去の出演作品、今後の活動予定などは、ウィーズカンパニーのホームページに記載されています。

では、河相我聞さんが、芸能事務所に所属しつつ、個人の会社を作るメリットがあるとするなら、それは何でしょうか。

全く同じではありませんが、お笑いコンビの爆笑問題さんなども、株式会社タイタンを設立して、代表は太田光さんの妻、太田光代さんが務めています。

このように芸能人が、自分の会社を設立することは決して珍しいことではないんです。それには芸能事務所との契約のシステムが関係しています。

河相我聞さんが一個人として、ウィーズカンパニーと契約した場合、もちろん仕事を探して来てもらい、スケジュールの管理、ギャラの交渉まで全て行ってくれます。

しかし、あくまで社員になる訳ではなく河相我聞さんが、ウィーズカンパニーと“委託契約”を結ぶだけなので、もらったギャラには、当然のことですが住民税や、所得税がかかります。

しかし、河相我聞さんが株式会社我聞として、ウィーズカンパニーと契約したら、それは会社の“収入”になります。しかも、会社になることで、経費として計上できるものが増えます。

更に、例えばタイタンで言えば、太田光代さんが代表になり、そこに爆笑問題(血縁者)が所属するなど、家族を役員にしたりして、所得を分配することもできるんです。

そこまで考えての、株式会社我聞の設立だったのではないでしょうか。

河相我聞は干されている?

デビューからこれまで、いくつかの事務所を渡り歩いて来て、冒頭でも触れたように、オファーが殺到してる様子の河相我聞さんですが、ネットでは

  • 最近あまりテレビで見かけない。
  • ラーメン屋辞めてたんだ。

という声がちらほらあるようです。

しかも、大騒動となった「ラーメン我聞」を閉店した2007年を境に、事務所とトラブルになり芸能界で“干された”という憶測まで出て来る始末です。

しかし、株式会社365の元社長とは、なんだかんだで折り合いがついたようですし、きちんとその直後に現在所属している株式会社ウィーズカンパニーが、河相我聞さんを受け入れてくれていますし、

また、デビューから2017年現在に至るまでの、俳優業はもちろん、バラエティー、ドキュメンタリー番組への出演、ナレーション、ラジオ、音楽活動、書籍の出版、地方イベントへの出演までの仕事を確認したところ

  • 1990年~2006年(16年間)
    約90本(最も多かったのは1995年)
  • 2007年~2017年現在(10年弱)
    約133本(最も多かったのは2014年、2016年)

他の年は、1990年~2017年まで平均3~6本と、なっていますので、極端に全く仕事が無かったような年はありませんでした。

“最近見かけない”、という声がネットで噂されている理由として、先ほど比較したデビュー後からの16年間と、2007年以降の10年間で、仕事の内容が少し変わった、という所です。

デビュー後“イケメン俳優”として、人気がうなぎ昇りだった頃は、主役や主役に近い役柄を演じることが多々あり、目にする機会も必然的に多くなっていました。

しかし、2007年以降は、2時間枠のサスペンスへの出演が増えて来ました。そして地上波だけではなく、ケーブルテレビやBSなどの有料チャンネルへの出演も多く、そのため“干された”という印象を持っている人がいるようです。

結局のところ“干された”どころか、実際フタを開けてみたら、ここ10年ほどの方が圧倒的に、仕事量が多いことが分かりました。

河相我聞さんのブログ「お父さんの日記」を見ると、本当に元々料理が好きで、番組だけではなく、2人の息子さんたちにも色々な料理を、試行錯誤しながら作っている様子が垣間見えます。

”息子のお弁当。冷凍食品を一切使わないなんて、朝から手間暇、愛情こもってるなぁ、と自画自賛”
引用元:【弁当(お父さんの日記)】

など、息子さんたちにせがまれては、作ってみたり、それでもきちんと栄養のことも考えて、

”家では玄米を五分づきにして食べて、野菜や魚や鳥肉を中心とした比較的健康的な食事をしている。”
引用元:【やめどき(お父さんの日記)】

スポーツ選手の専属シェフの仕事もできそうな料理レベルですよね!

料理のセンスは元々持ち合わせていたのでしょう。でも、努力も惜しまない。
だからこそ、結果的に閉店とはなりましたが、「ラーメン我聞」は、ある意味成功したと言えます。

そして、閉店してからの様々なトラブルから、あえて河相我聞さんは、口には出さずに笑い話にしていますが、精神的にもきつい時期があったでしょう。

それでも、決してへこたれずに今は俳優の道をまっしぐらに、突き進んでいます。

“家族全員フリーター”発言で、仕事のオファーが殺到しているという河相我聞さんが、また色んな場面で活躍してくれるのを、今は待ちたいと思います。


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